買い物客はそのキーワードで手を伸ばす
深層心理で消費者インサイトを見抜く「価値創造型プロモーション」
学習院マネジメント・スクール 監修
上田隆穂・兼子良久・星野浩美・守屋剛 編著 ダイヤモンド社 刊
1,680円 (税込)
はじめにちょっと私事を語らせてください。私ことおちゃのこ山崎は、遠い昔、学習院大学広告研究会というサークルに所属しておりました。顧問はのちに学習院長になられた故・田島義博先生。この先生は中内功氏など日本のスーパーマーケット創業者たちの理論的支柱と呼ばれたマーケッターです。そして田島先生のあとを受けて広告研究会の顧問になられたのが、本書の著者グループの中心である上田隆穂先生です。
上田先生は社会人から大学院に入り直してマーケティングを学んだ人で、専門は価格マーケティングとセールス・プロモーション、小売戦略、地域活性化など。現在は消費者の深層心理研究に基づくプロモーション開発、小売戦略などを中心に産学協同で研究活動を展開しておられます。本書はその活動の一環を事例として取り上げながら、価値創造型プロモーションの理論と実践を解説したものです。
「価値創造型プロモーションとは何か」を説明するために、本書は「はじめに」の冒頭でこんな事例を掲出しています。「いまから約70年前、アメリカ人で牛乳を最もよく飲んだのはどんな人たちか?」答えは成長期の子どもでも妊婦でもなく、戦場に赴いて胃腸の調子が悪くなった兵士たちでした。
「ではなぜ病気になった兵士は牛乳を飲んだのか?」その答えは栄養源としてではなく、意外なことに「家庭のぬくもりを欲していたから」でした。戦地で病気になり、心細い思いをしているアメリカの兵士たちにとって、牛乳は家族の思い出が詰まった、平和な家庭を想起させる飲み物だったのです。
しかし、この答えは従来のアンケート調査で導き出すことは不可能です。なぜなら、兵士たち自身が「自分は家庭のぬくもりを求めて牛乳を飲んだ」と意識していないからです。「なぜ牛乳を飲んだのですか?」と質問されても、おそらく「飲みたかったから」「病気が早く治りそうだから」といった答えに終始することでしょう。
同様に、消費者の深層心理を抽出し、そこで得られたものをセールス・プロモーションにつなげることができれば、新しい価値を訴求する商品を作ることができるでしょう。また、既存の商品に新しい売り方を適応させることができるはずです。それが「価値創造型プロモーション」です。
本書では、ハウス食品の「シチューミクス」とエバラ食品工業の「黄金の味」という、それぞれ食品市場における定番的人気商品を材料に、価値創造型プロモーションを実践した経過を克明に記しています。両商品の抱えている問題点はどこにあったか。消費者の心をつかむためにはどんなポイントを押さえる必要があると考えられていたか。
まず、消費者の深層心理から情報を引き出すための「モチベーション・リサーチ」が解説されます。「深層面接法」「文章完成法」「絵画統覚テスト」「略画法」「連想法」「ロールシャッハ・テスト」といった手法がそれぞれ実例付きで解説されていきます。
しかしこのモチベーション・リサーチには「サンプル数が多く取れない」「解釈に客観性が保たれにくい」という欠点がありました。そこで登場したのが、モチベーションリサーチにインターネット調査とテキストマイニングの技術を組み合わせて欠点を解消させた「価値創造型プロモーション」だったのです。
ハウスとエバラの両商品をターゲットにして行われた調査は、本書にその詳細が記されています。アンケートの設問も全文が掲載されており、読者の参考になります。この調査によって、両メーカーの担当者が「いままで自分たちがやってきた調査は商品開発起点だったが、このような販促起点の調査は初めてだ」と驚く様子も手に取るようにわかります。
インタビューとアンケートの分析結果から、ハウスはシチューの商品エンド台をいくつかつくります。ひとつは「我が家流のシチュー」というテーマで、クリームシチューのマンネリ化に対する課題解決を意識したものです。消費者はシチューミクスに対して「いつも同じ味」という不満をもっており、スパイスや具材でアレンジができることを訴求すれば、購買意欲がかき立てられると考えられました。
ハウスはほかにも従来になかった訴求方法を立案しますし、エバラも初の試みをいくつも実行してスーパーの店頭を賑わせます。大メーカーの販促部門がどう動くかを知ることもできて、興味は尽きません。
本書のすぐれた点は、小規模事業者であっても「価値創造型プロモーション」を試すことができるところです。考え方のポイントや質問の作り方、NGワード、インタビューの方法などがすべて網羅され、実例が掲載されているために、プロに依頼することなくネットショップでもこの手法が試せます。ぜひ手に取って読んでみてください。
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