10年後に食える仕事食えない仕事
渡邉正裕 著 東洋経済新報社 刊
1,575円 (税込)
仕事をしている人なら、「自分の仕事は将来も同じように稼げるものだろうか」という疑問を持ったことがあると思います。特に斜陽業種や構造不況業種、新興国の追い上げを受けて苦戦している業種、あるいはITのように変化の激しい業種で働いている人などは、毎日のようにそれを意識しているかもしれません。
しかし、その疑問の多くは自分の所属する業界や、いま自分が就いている仕事に関してのものであって、他人の仕事や無関係な業界について「この仕事は10年後もあるだろうか」と考えることはあまりないはずです。その結果、これから就職する人や転職を考えている人からアドバイスを求められても、ありきたりの意見しか口にできないことになります。
本書は独立系ニュースサイト「MyNewsJapan」のオーナー兼編集長で、みずからもジャーナリストとして『企業ミシュラン』シリーズの執筆を続けている著者が書き下ろした、「働く日本人のための未来航海図」です。すべての業種・仕事を4つに分類し、その4つのカテゴリーについて詳細に具体的に解説しています。
まず、すべての業種・仕事を「田の字」型の枠に入れていきます。「田の字」の左側は世界の労働者との競争にさらされる業種、仕事で、左下は付加価値の低い、「誰がやっても同じ」ものが入ります。たとえば店舗の店員やウェイター、警備員、コールセンターのオペレーターなどです。著者はこのエリアを「重力の世界」と名付けています。この世界で得られる収入は、最終的にグローバルの最低給与に収斂していくからです。
この「重力の世界」には、意外な業種・仕事も含まれます。プログラマー、介護福祉士、タクシードライバー、検査・組立工などです。いずれも「手に職」の代表格で、食いっぱぐれがないと思われていた仕事といえるでしょう。でも著者は、「いずれは中国人やインド人、バングラデシュ人と競争になる」と見ています。日本人でなければならない仕事ではないからです。
「田の字」の左上は、同じく国際競争にさらされる職種や仕事ですが、高付加価値なものです。競争が激しい代わりに、能力が認められれば世界最高水準の収入を得ることも夢ではありません。プロとしての会社経営者、ディーラーやトレーダー、ファンドマネージャー、プロスポーツの選手、国際弁護士、航空機パイロット、会計士などがここに入ります。並の能力では埋没してしまいますが、自分には優れた能力があると自負する人なら、挑戦しがいのある世界です。著者はこのエリアを「無国籍ジャングル」と呼んでいます。
「田の字」の右半分は、「日本人メリット」が生きる仕事です。外国人では勤まらないか、就労しづらいジャンルの業種や仕事がここに分類されます。右下は「ジャパンプレミアム」と名付けられ、日本人による対面サービスの仕事はほぼここに入ります。また、法律で外国人の就労が認められていない公務員もここに分類されます。ほかには、ホテルマン、美容師、板前、航空会社のキャビンアテンダントなどが入ります。
最後の右上は、「グローカル」と呼ばれるエリアです。日本人の強みを活かしつつ、高付加価値スキルで勝負します。いわば日本市場における高度専門職で、レベルの高い日本語能力や人脈、日本の常識などが求められます。例として著者は、医師、弁護士、コンサルタント、記者、編集者、マーケッター、システムエンジニアなどを挙げています。このエリアの人たちは、日本社会における平均以上の収入を得ることができます。
著者は日本人である私たちに向けて、「日本人メリットをもっと強く意識せよ」と説きます。「経済のグローバル化が完了しても中国人やインド人が入ってこられない業種や仕事を見きわめ、自分がそこで働けると思うならそこを選べ」というわけです。たとえば10年後に紙の新聞が存続しているかどうかはわかりませんが、朝日新聞の「天声人語」を外国人が書くようにはならないでしょう。そのころには航空機のパイロットが日本人かインド人かを気にする人はいないでしょうが、住宅のような高額商品は日本人の営業マンから購入するでしょう。
表現を変えると、「田の字」の右半分は競争の比較的少ない「ブルーオーシャン」で、左下は完全な価格競争の「レッドオーシャン」、左上は戦国時代のような激しい競争を強いられる「ジャングル」であるわけです。ごく少数の能力と覇気にあふれた人を除けば、日本人の多くは右側のどちらかを選ぶべきだというのが著者の主張です。そして、どんなに安易だからといっても、左下のエリアだけは選んではいけないと。
この分類は、企業にも当てはめることができます。半導体戦争に敗れたエルピーダメモリーなどは、「ジャングル」で戦おうとしたわけですが、実際に戦っていたのは「重力の世界」でした。世界水準から見れば高額である日本の人件費を払っている企業は、このエリアで勝ち残ることは不可能です。したがって企業の将来性を見きわめるなら、「この会社のウリは、中国や韓国が数年で追いつけるものだろうか」という観点が必要です。
本書はビジネス書には珍しいオールカラーの本です。あえてコスト高となる4色印刷を選択し、カラフルな図版を入れて、読者の理解がしやすいように編集されています。就活中の人が近くにいるならぜひ、そうでなくても仕事の将来を考える参考に、手元に置いておきたい本です。
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