辺境から世界を変える
ソーシャルビジネスが生み出す「村の起業家」
加藤徹生 著 井上英之 監修 ダイヤモンド社 刊
1,680円 (税込)
社会起業家、またはソーシャル・アントレプレナーという言葉をご存じでしょうか。日本では「NPO」「NGO」などとともに、10年くらい前から使われるようになりました。政府が解決できない社会的な課題を、当事者に近い場所から解決してみせ、それを大きく展開して広げようとする人たちのことです。
その代表例が、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏です。彼が興したグラミン銀行は、本来なら貸し手のいない貧困層に融資をすることで、数え切れないほど多くの人たちにチャンスを与え、それらのうちのいくつかは実際に実を結んだのです。
本書はアジアの貧困層で活躍する7人の「起業家」を取り上げています。彼らに密着することで、一見「何もない」と思われていた人々に多様な可能性があることが見えてきます。そしてそのことは、震災後の打撃からまだ立ち直れずにいる日本の人たちに同様のチャンスがあることを示します。
1人目のハリシュ・ハンデ氏はインド人。アメリカに留学し、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得しましたが、高い所得が得られる仕事に背を向け、母国に戻って貧しい人々の中に身を投じます。
彼が目指したのは、貧しい人々の暮らしに「灯り」を提供すること。そのために、太陽光発電の設置・管理を手がけるセルコ社を設立し、マイクロファイナンス機関と組んで、職業に合わせたローンを開発することで、貯蓄のない家庭でも安全で快適な灯りを手に入れられるようにしました。
インドの貧困層は、わずかな収入の中から灯油を買い、短い時間だけ明かりを点します。送電線が近くを通っていても、電気を引くためには多額の費用がかかるため、中流以上の裕福な家庭でしか電気の恩恵にあずかることはできません。しかし灯油は火災の危険があり、室内では有毒なガスを出します。おまけに燃やせばなくなってしまうので、常に買い続けなければならないのです。
その点、太陽光発電は、一度手に入れてしまえばほとんど維持費がかかりません。光源であるLEDは消費電力が少ないため、毎日何時間も灯りをつけたままでいることが可能です。これが何をもたらすかというと、母親が夕食の支度を始める時間を2時間遅くできます。その2時間はそっくり働く時間に充てられます。また、夕食後も内職をすることができるので、家族の収入が向上します。さらに、子どもたちの勉強時間が飛躍的に延ばせるので、将来の貧困脱出も見えてきます。
2010年現在、セルコ社は15万世帯に太陽光発電を導入し終えています。ハリシュ・ハンデ氏は、途上国に太陽光発電をもたらした最初のイノベーターとして賞賛されています。
本書にはこのほか、インドネシア、フィリピン、バングラデシュ、中国などで活躍するあと6人の社会起業家が登場します。先進国に住む私たちが当たり前と思っている電気、水、教育、医療…。それらに手の届かない人々と向き合い、アイデアと行動力で不可能を可能にしていく物語が描かれています。心温まる、勇気をもらえる1冊です。
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